生肉が生きものだったころ 
(自分の手で殺し、食べる試み)

私たちが食べている鶏肉は誰かによっていつの間にか殺されて生肉になっています。
食べたものはうんちになって出てくるというけれど、うんちはわたしの死んだ細胞です。現実を直視する。

「生きる」という行為に焦点をあて、オープニングイベントとして
鶏を自分で締めて食べるワークショップの講師をされている築地静香さんのもと
鶏を自分たちの手でさばき食べ
その後、釜ヶ崎夏まつりの慰霊祭に参加します。

日時 : 8月15日(月)12時~ /慰霊祭 19時~
場所 : 喫茶EARTH JR「新今宮駅」大阪市営地下鉄「動物園前駅」徒歩2分
(慰霊祭…釜ヶ崎夏祭り 「三角公園」)


築地静香 演劇制作/努力クラブ

鶏を自分で締めて食べるワークショップの講師をしている。と、人に話すと、当たり前ですが驚かれます。
少し警戒され、その後、慎重そうな様子で、どうしてそんなことをしているの?と訊かれます。
どうしてこんな事をしているんでしょう。
はっきりと言葉にしようと、してはみるのですが、いつも、言葉は体験そのものに敵わず、霧散してしまいます。
それでも言葉を求められたのでこれを書きます。
どうやら、身体の中に存在する「思考」のうち、言葉にできるところと言葉にできないところがあって、 このワークショップは身体の中の、言葉にできないところを増やす体験かな、と思います。
そんなことのために命を奪う自分の傲慢さには迷いもあります。
だから食べられるところはできるだけ全部食べて、すると鶏は私の身体の、言葉にできないところ、の、細胞になります。

【プロフィール】
1988年生まれ。
大学から演劇活動をはじめ、その傍らで、イベント現場での出張料理「catering service ミケ」を開始。
あるとき食材を食材としてしか見ていなかったことに気づき、鶏のとさつワークショップ講師をお呼びし、主催・受講。
感銘を受け、自分でも講師としてワークショップを開始。
群馬、高知、大阪など、全国で身軽な身の上を活かした出張ワークショップをしているが、見た目は重ため。食べるのが好き。
参加することを「選択」するのは「わたし(自分自身)」です。



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